【読みだしたら止まらない本 3】A-10奪還チーム出動せよ / スティーヴン・L・トンプスン
夜の闇を衝いて、東ドイツの凍てついた山道を走る一台の車がある。助手席には西側への亡命を望む若い娘。後部シートには瀕死のアメリカ軍兵士。そしてトランクには、A-10地上攻撃機のパイロットが命を張って守り抜いた最新電子兵器”ジーザス・ボックス”が積まれている。 背後に迫る東ドイツ人民警察のBMWの群れと、ソ連諜報部の武装ヘリ。果してステアリングを握る主人公マックス・モスは、前途に幾重にも張りめぐらされた道路封鎖網を突破して、ポツダムのアメリカ軍事連絡部の本部まで無事たどりつけるだろうか。
高度にチューンナップされたアメリカ軍事連絡部の車が、東ドイツを舞台にソ連軍や東ドイツ警察の車と日夜カーチェイスを繰り広げているという、一見あり得なさそうな設定ですが、事実に基づいていると元カーレーサーの著者、スティーヴン・L・トンプスンは語っています。
── ポツダムのアメリカ軍事連絡部が使用するクルマは、高度にチューンナップされたフォード・フェアモント。5リットルV8エンジンにターボチャージャーを装着し、最高出力は500馬力に達し、最高速度は280km/h。
このモンスターマシンを操るのは、軍事連絡部で”大佐の花壇をバイクで突っ切ってもお咎めを受けない唯一の男”、アイク・ウィルスン曹長。
ポツダムに着任して、最初の東ドイツ内パトロールへの出発。マックス・モスにとっては、単なる実地研修程度の任務のはずだった。
同じ頃、NATOの共同演習に参加したアメリカ軍のA-10サンダーボルトを拿捕すべく、ソ連の戦闘機が飛び立つ。
5機ものミグ25を相手にドッグファイトを挑むも多勢に無勢、A-10は不時着。初めての研修パトロール中、パイロットの奪還作戦をひとりで遂行する事態になったマックスの運命はいかに。 ──
この本の出版は1980年。ベルリンの壁崩壊が始まったのが1989年(平成元年)なので、まだドイツが東と西に分かれ、冷戦まっただ中の時代の小説です。
たった一機の、地上攻撃機でしかないA-10で、5機の戦闘機を相手に繰り広げる白熱のドッグファイト。
直線であれば800メートル先をも照らす、強力なヘッドライトで闇を切り裂いて爆走するフェアモント。
A-10に積まれていた”ジーザス・ボックス”を奪取すべく、フェアモントを追う東ドイツ人民警察のBMWとメルセデス、ソ連軍諜報部のヘリコプターMi24。
ベルリンの壁が崩壊してからすでに30年。時代設定はさすがに古さを感じますが、それでもこの小説の魅力はいささかも衰えていません。
故景山民夫氏がこれを読んで触発され、「虎口からの脱出」を書いたのは有名な話です。
この小説の副主人公ともいえるフォード・フェアモントは、4ドアセダンの地味としか言いようのないクルマ。検索してもあまりヒットしません。こんな華のないクルマでもV8、5リットルのエンジンを積んでいるのがやっぱりアメリカらしいというか。
Ford Fairmont
売れるクルマといえば軽自動車とミニバン、ハイブリッドだけというご時世を反映してか、最近はこういったカー・アクション小説が出版されることもあまりありません(知らないだけかな?)。
絶滅危惧種扱いされていたスポーツタイプのクルマも以前に比べたら増えていますので、クルマが主役の新しい小説が出版されることを期待したいですね。
本書は一度絶版になっていましたが、珍しく復刊されて現在は新品で入手できます。
僕が持っているのは1982年(昭和57年)に新潮文庫から出版された文庫本ですが、2009年に早川書房からハヤカワ文庫として復刊になっています。
── 「なあ、アイク、マルガレーテってのはいったいだれなんだい?」 ぶっきらぼうに問いかけた。ウィルスンの口元がぐっと引き締まり、薄い笑みが消えて渋面に変った。
「誰でもないさ。俺のほうなんか見ずに、窓の外をしっかり見てろ」──
A‐10奪還チーム出動せよ ハヤカワ文庫NV / スティーヴン・L・トンプスン 〔文庫〕
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません